麻雀人類学  7.スーパーマン | 中野区鷺ノ宮から徒歩4分の精神科・心療内科

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院長のひとりごと

麻雀人類学  7.スーパーマン

いろんな人と麻雀を打ってきたが、「この人には勝てない」と思い知らされた男がひとりだけいる。

医者になりたての頃、私は岐阜県の下呂にある精神病院で週1回当直と翌日の診療を担当していた。日本三大名泉のひとつに数えられる湯治場だけあって、開院したばかりのその病院には温泉が引いてあり、私は当直のたびに温泉に入って、芸者遊びをする(これはウソ)という贅沢な暮らしをしていた。

夕食を食べたあと、広い浴槽にひとりで浸かる気分は格別である。一度、そこへ深夜当直の若い看護師が入って来て、大いにあわてたことがあったが、その話は別の機会に譲るとして、私を完膚なきまで叩きのめした男が、この病院の放射線技師だったのである。

彼は私より三つ年上で、地元の野球チームではホームラン打者、ボウリングのアベレージは180、ゴルフをやらせればほとんどシングルプレーヤーという、スーパーマンのような男だった。私はせめて麻雀で彼をぎゃふんと言わせてやりたいと思い、当直明けのある日、たまたま非番だった臨床心理士と男性看護師を誘って、彼に勝負を挑んだのである。

最初は確か徹夜になったと思う。半チャン6回だったか8回だったか、詳しい経過は覚えていないが、私はトップになれなかったのである。負けはしなかったが、彼がダントツのトップで、私が2位だった。

まだ若かった私は、彼のほんとうの力量を見極めることができず、自分にツキがなかったのだと思ってしまった。

次に同じメンツが顔を会わせる勤務日を選んで、私はまた彼に勝負を挑んだが、結果はやはり同じだった。それから何度対戦したか覚えがないが、私はついに彼を押さえてトップを取ることができなかったのである。

ある時などは、私が親で7,8巡目に大三元をテンパり(中だけをポンして、白と潑はアンコで手の中にあった)、ひそかに彼が振り込むのを待っていたのだが、なんと彼は私が大三元をテンパっていたことを見抜いていたのである。見抜けなかった男性看護師が二筒(リャンピン)を振り込み、私は開始早々にして48,000点を稼いだのだが、その時ですら、一夜明けてトータルしてみると、彼がトップで私が2位だった。

私も雀士のはしくれであるから、手をこまねいて見ていたわけではない。彼の強さが、確率にとらわれず、流れを重視するところにあることはわかっていた。自分に流れが来ているときは、カンチャンだろうとペンチャンだろうと、平気でリーチをかけてくるのである。そういう彼に三面待ちの私が何度苦い思いをさせられたことか。

私はありとあらゆる手(要するにイヤガラセですね)を使って、彼のペースを崩そうとしたが、彼はそんなことは先刻承知で、全く通用しないばかりか、逆に私がペースを崩される始末だった。私は自分がしかけたイヤガラセによって、自分がイヤガラセを受けてしまうという展開が続いたのである。

そんな私が、ひょんなことから彼に勝つ時がやってきた。

どうしてもトップを取れないとわかった私は、せめて半チャンだけでも彼との優劣をつけたいと考え、一回1,000円のニギリ勝負(半チャンが終わった時点で相手より100点でも点棒の多いほうが1,000円もらえるというサシの勝負)を挑んだことがあった。

どうせ勝てるはずはないと思っていたのに、あにはからんや、その日に限って私は最初の半チャンから不思議と彼に勝ち続けたのである。あとで聞いたところによると、彼は場の流れのほかに、私の点棒まで考慮に入れなければならなくなり、調子を崩してしまったのだそうである。

その日以来、私は彼と麻雀を打っていない。私が東京に移ってきたこともあるが、終わり良ければすべて良し、このまま勝ち逃げすることに決めたのである。

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