麻雀人類学  9.美女と野獣 | 中野区鷺ノ宮から徒歩4分の精神科・心療内科

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院長のひとりごと

麻雀人類学  9.美女と野獣

サラリーマンと麻雀を打って負けた話は前回に書いたが、私はほかにも何度かサラリーマンと勝負をしている。さすがに初めての時のようになすすべもなく負けてしまうようなことはなかったが、それは彼らの麻雀に共通点があることに気づいたからである。

サラリーマン麻雀の厳しさは、テンパイしなければ勝負にならないというところにある。いくら高い手を狙っても、テンパらなければ元も子もない。彼らはまず、どんな配牌であろうと、最も早くテンパる道を考えて打ち進める。その折りにたまたま別の役がついて来るなら、それはそれでラッキーだという考えである。

対して学生麻雀はどうか? 学生は手に惚れてしまうのである。配牌を見て三色になりそうだなとか、チャンタを狙えそうだな、などと思ってしまうと、多少テンパイが遅くなろうと、つい高い手を作ってみたくなる。

しかし、よく考えてみると、苦労して一翻(イーファン)上げてみたところで、点数は裏ドラが一発乗った場合と全く同じである。手にこだわってモタモタしているくらいなら、いっそリーチをかけて裏ドラに期待したほうがよほど理に叶っているということになろう。

いわば学生が「クレオパトラか楊貴妃か」などと、きれいな手に惚れ込んでいる間に、サラリーマンは「ゴジラ対キングギドラ」という思い入れで手づくりを進めているのである。クレオパトラとゴジラが戦えば(そんなイベントはないだろうが)、ゴジラが勝つに決まっている。

かくして私は、学生と麻雀を打つときはクレオパトラになり(ああ、気持ち悪い)、サラリーマンと打つときはゴジラになるという(これもちょっと問題だな)、複雑な人格を背負い込む羽目になってしまった。

もっとも最近はサラリーマンと打つ機会がなくなったせいか、多少酒を飲みすぎたときにゴジラになったりしているようである。

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