麻雀人類学  11.捨てる技術 | 中野区鷺ノ宮から徒歩4分の精神科・心療内科

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院長のひとりごと

麻雀人類学  11.捨てる技術

もう30年ほど昔の話になるが、週間文春に「米長邦雄(当時の将棋の四冠王)のさわやか流人生相談」というコラムがあった。故米長邦雄永世棋聖は、棋士というよりタレントとして名が売れていた故芹沢博文九段や、「おゆき」のヒット曲で知られる内藤国雄九段と並ぶ将棋界の才人である。その彼が様々な相談に対して快刀乱麻を絶つが如く解決をつけていくわけであるが、その中に「麻雀の腕は牌を捨てる技術にある」という一節があって、さもありなんと膝を打った覚えがある。

配牌と自模(ツモ)は偶然の産物であり、腕が関与する余地はない。となると、ツモに対してどの牌を捨てるかというところで腕が試されることになる。

話はちょっと横道にそれるが、この「捨てる技術」は統計情報処理の基本である。統計というと何となく「集める技術」のように見られがちだが、集めた情報の中からよりわかりやすい情報を取り出すためには、集めた情報を捨てるという操作が必要となる。たとえば血液検査の正常値は、正常人の5パーセントを切り捨てることで成り立っている。実は正常なんだけれども、検査上は異常と判定される人が100人中5人はいるのである。

なぜこんなことをするかというと、100パーセント正しい値には何の意味もないからである。「赤血球数の正常値は1立方ミリメートルあたり1個以上1億個未満である」と言えば、確かに正常人は100パーセントこの中に入るが、こんな基準を設けても使いものにならないだろう。正常値とは、正常な値の一部を切り捨てることで成り立っているのである。

同じことが人とのコミュニケーションについても言える。相手に自分の言いたいことをよく理解してもらおうとするなら、伝える内容は必要最小限とし、余計なことは極力省いたほうがよい。ヘミングウェイは文章を書くコツを氷山にたとえて、文字に表すのは水面上に出ている部分にとどめるべきだと言っている。そのほうが水面下に隠れている大きな部分を、よりよく伝えることができるというわけである。

こう見てくると、捨てる技術は様々な分野で応用が利くようである。

話を麻雀に戻すと、どの牌を捨てるかは、そのときの状況によって変わる。何でもいいからアガればトップという場合は、早いテンパイを目指して不要牌を捨てることになるし、トップとの差が3,900点以内なら、相手から2,000点を取れば逆転するので、2翻(リャンファン)の役でヤミテンを狙える手を目指して不要牌を捨てることになる。配牌によっては一発逆転を狙って役満を目指すこともあるだろう。捨てる技術には当然こうした状況判断も含まれることになる。

米長永世棋聖の卓見に接して私は一段と強くなった気がしたのだが、その頃にはもう滅多に麻雀を打つ機会がなくなっていた。ひょっとすると、今度は私が麻雀に切り捨てられる番なのかもしれない。

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