麻雀人類学  12.ツルカメ会 | 中野区鷺ノ宮から徒歩4分の精神科・心療内科

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院長のひとりごと

麻雀人類学  12.ツルカメ会

文学部などというわけのわからないところで寄り道をしたり、理科系の受験勉強をし直したりしたせいで、医学部に入学したのは24歳の時だった。私が最高齢だろうと思っていたら、同じように回り道をしてきた人が8人もいて(こんなに多い学年はほかになかったように思う)、私はむしろ若いほうだった。最高齢者は30歳で、彼は早稲田大学の仏文科を卒業していたし、そのほかの人たちも様々な経歴を有しており、長老同士で自然にひとつのグループを形成するようになった。

現役組は私たちのことを「シルバーシートクラス」などと呼んでいたが、何でもかんでも横文字にしてしまう若者の風潮に反発していた私たちは、「長寿者の集まりなのだから、もっとめでたい名前にするべきである」というメンバーの発案から「鶴亀会」が結成されたのである。

結成された……なんていうと、いかにもたいそうな会のように思われるが、要は老人クラブのようなもので、何もしないのが取り柄なのである。それでもたまには集まって酒を飲んだり、試験前夜に成績優秀な学生を講師に招いて一夜漬けの勉強会を開いたりしていた。そうした活動の中に麻雀もあったのである。

何しろ村の長老の寄り合いみたいなものだから、麻雀もおっとりしたもので、勝負という雰囲気はほとんどなく、和気藹々としていた。私もその頃は麻雀で月末をシノがねばならないほどの生活ではなかったし、何よりツルカメ会会員として品格を疑われるような行為は慎まねばならなかったので、今から考えると、この頃の私の麻雀はずいぶんおとなしかったと思う。

ツルカメ麻雀がどのようなものであったかは、次回「奥能登麻雀旅行」でお話ししたいと思う。

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