木もれ日  1.人生を変えた一冊 | 中野区鷺ノ宮から徒歩4分の精神科・心療内科

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院長のひとりごと

木もれ日  1.人生を変えた一冊

その日、私は通学途上にある一軒の書店に立ち寄った。京都の今出川通りと白川通りが交差するあたりで、そのまま東へ歩けば銀閣寺に突き当たる。文学部に入ったばかりの私が、フランス文学を読み漁っていた頃の話である。

中学時代に始まった私の読書癖は、高校で「罪と罰」に出会って以来、ロシア、ドイツ、フランス、イギリス、アメリカと、脈絡もない乱読に陥った。それがフランス文学に落ち着いたのは、フランソワ・モーリヤックの「テレーズ・デケイルゥ」を読んでからのことである。テレーズの後半生を描いた「愛の沙漠」、「夜の終り」の三部作を読み終えたのがいつ頃だったか忘れたが、私は文学部に入る前から「フランソワ・モーリヤックで卒業論文を書きたい」と思うようになっていた。

何気なく立ち寄った書店で新潮文庫の背文字を漫然と眺めていた私の目が、ミュッセの「二人の愛人」の前で止まった。今は知る人も少ないだろうが、ミュッセは「愛の妖精」を書いた男装の麗人ジョルジュ・サンドを作曲家ショパンと争い、その恋の鞘当てに敗れた男である。ミュッセの「戯れに恋はすまじ」は高校時代に読んでいたが、受験勉強に追われて、まだ「二人の愛人」は読んでいなかった。私は迷うことなくその一冊を手に取った。

ところが……である。下宿に帰って頁を開いてみると、表紙こそ「二人の愛人」だったものの、中身はアルベール・カミュの「異邦人」だったのである。

ここで私はみみっちいことを考えた。このまま「異邦人」を読ませてもらったあとで、「乱丁本でしたよ」と文句を言って、あらためて「二人の愛人」を手に入れれば、一冊で二冊の本が読めるではないか。一粒で二度おいしいグリコのようなものである。

私は「しめしめ」とほくそ笑みながら「異邦人」を読み始めた……。

―そのとき私が受けた衝撃の強さを、何にたとえたらいいだろう。頭をガーンと一発棍棒で殴られたような、としか言いようのない強烈なショックを私は体験した。後年、医学部の講義でクモ膜下出血の症状を聞いたとき、「あ、これだな」と思い当たるものがあった。私は「異邦人」を読んで心理的クモ膜下出血を起こしたのである。

実を言うと、この本の内容が私にはさっぱり理解できなかった。しかし、何かとてつもない世界が描かれていることだけは、痛いほど肌で感じた。それは高校時代にカフカの「変身」を読んだときに受けた衝撃よりも、はるかに強いものだった。

爾来、私はモーリヤックを離れ、ひたすらカミュを読み耽るようになる。もちろんサルトルも読んだ。モーリヤックという敬虔なキリスト教者から、サルトル、カミュという実存主義者へと、私の関心は百八十度転回したのである。結局私が選んだ卒業論文のテーマは「アルベール・カミュ研究」だった。

卒業論文に取りかかった頃、第一次オイルショックが起こった。その煽りを受けて文学部卒業生にほとんど求人依頼が来なくなったとき、私は突然、医者になろうと思った。この滅茶苦茶な決断の背後には、いささか面映ゆいが、紛うかたなき実存主義哲学が働いている。一冊の乱丁本に出くわさなければ、私はおとなしく公務員試験でも受けて、今頃はどこかの役所で事務を執っていたかもしれないのである。

四十年以上前に出会ったその乱丁本は、取り替えて得をしようなどというみみっちい真似はせず、今も記念品として手元に置いてある。

一冊の本が人生を変える……。人生とは不可思議なものである。かくいう私の人生も、表紙は医学部だが中身は文学部という、一冊の乱丁本みたいなものではないか。

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