木もれ日  5.贅沢物語 | 中野区鷺ノ宮から徒歩4分の精神科・心療内科

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院長のひとりごと

木もれ日  5.贅沢物語

今まで貧乏暮らしのことばかり書いて来たので、このへんで贅沢な話をしてみたいと思う。もちろんお金はないから、これは心の贅沢である。

医学部に入学して岐阜に来てみると、京都や奈良が無性になつかしくなった。京都に住んでいた頃はさほどとも思わなかったが、岐阜には斉藤道三や織田信長の史跡はあっても、奈良・平安時代の神社・仏閣は皆無に等しく、私の懐古趣味は次第に欲求不満に陥って行った。私は友人の幾人かが京阪神に住んでいるのをいいことに、彼らの家をねぐらとして、せめて春と秋くらいは古都散策の旅に出たいと考えたのである。

古都と言えば、川端康成にその名の作品があるせいか、はたまたJR東海の「そうだ 京都 行こう」というキャッチコピーのせいか、たいていの人は京都を連想するようだが、私は奈良の寺院のたたずまいに最も心を惹かれる。和辻哲郎の「古寺巡礼」、亀井勝一郎の「大和古寺風物誌」がこの手の入門書として有名であるが、私が仏像に開眼したきっかけは吉村貞司の「愛と苦悩の古仏」と「古仏の微笑と悲しみ」(いずれも新潮選書)だった。二十歳になるかならないかの頃で、当時私はフランス文学を専攻していたから、ずいぶんヘンな仏文学部生だったわけである。

たまたま神戸大学経済学部にいた友人が万葉集に興味を持っていて(こいつもヘンな経済学部生だな)、奈良を案内してくれるというので、彼の好意に甘えて東大寺と唐招提寺を巡り歩いたことが、私の仏像熱をますますあおり立てる契機となった。ちなみにこの友人は万葉趣味が高じて、経済学部を卒業したあと畑違いの京都大学大学院国文学科に進み、今は甲南女子大学の文学部教授として教鞭をふるっている。

私たちが泊まった宿は「日吉館」だった。後継者不足を理由に閉館した古寺巡礼の老舗である。今は知る人も少ないだろうが、ここは「鹿鳴集」を編んだ会津八一博士が常宿としていたところで、宿泊当夜に博士直筆の色紙や水彩画、短冊などを今は亡き女主人から見せていただいた私は、高校時代に国語の授業でしかその名前を聞いたことのない碩学の直筆原稿に接して、膝が震え出すのを抑えることができなかった。

 

おほてらのまろきはしらのつきかげを
あしにふみつつものをこそおもへ

 

これは会津博士が月夜に唐招提寺を訪れた時に詠んだ歌である。

奈良の寺院の中で最も興味をそそられたのはどこかと問われれば、陳腐な答えかもしれないが、それは法隆寺だったと言うしかない。少なく見積もっても十数回は訪れているだろう。聖徳太子ゆかりのこの寺については後にゆずることにして、まずは唐招提寺を採り上げてみたいと思う。唐招提寺は法隆寺に次いで私が最も多く訪れた寺院だからである。

初めて訪れた時は、近鉄奈良線西大寺駅から各駅停車に乗り、次の「尼が辻」駅で降りて、畑中の畦道のような細い道を歩いた覚えがある。今ならもうひとつ先の「西の京」駅で降り、まず薬師寺に参拝してから、おもむろに唐招提寺に向かうところである。私の記憶に間違いがなければ、その当時は先日東山魁夷画伯が、代表作のひとつである障壁画を描いておられたはずである。

岐阜に赴いた後も望郷の念押さえ難く、私があらためて訪れた寺院が唐招提寺だった。

この寺については、次回に項を改めてご紹介したいと思う。

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