木もれ日  8.ネクラ | 中野区鷺ノ宮から徒歩4分の精神科・心療内科

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院長のひとりごと

木もれ日  8.ネクラ

数年前、引っ越しをした折に荷物の整理をしていたら、高校時代の日記や作文が出てきて、思わず手を止めて読み耽ってしまったことがあった。

このところ十代の少年による事件が頻発したせいか、私のクリニックにも同じ年代の子供を持つ親の相談が増えつつある。相当アブナいケースもあるが、さほどとも思われないケースのほうが多い。ちなみに自分は高校生の頃にどんなことを考えていたのだろうかと、今回あらためて日記を繙いてみた。

当時の私は律儀に日記をつけていて、高校時代を過ごした昭和四十二年から四十五年にかけて、様々な出来事やそれに対する感想が細かい字でびっしりと書き込まれている。おおかた五十年も前のことであるから、まるで他人の日記を覗き見るような心境である。

「ほう、そんなことを考えていたのか?」

と、驚かされることも少なくなかったが、総じて言えば、高校生の私は間違っても自分を少年とは考えていなかったようである。江戸時代ならとっくに元服を済ませている年齢でもあるし、多少背伸びをしているきらいはあるが、気概はすでに大人に伍している。

ちなみに少年とは「少年ジャンプ」や「少年マガジン」を愛読している者を指し、私は中学生で卒業したが(「あしたのジョー」や「巨人の星」が連載されていたため、つい卒業が遅れてしまった)、昨今は中年になっても卒業できない者がいる。

膨大な日記の内容をここに紹介することはできないが、高校時代の私が今で言う「ネクラ」であったことは間違いない。当時はネクラという言葉はなかったが、日記のあちこちに「厭世」という言葉が書かれているところを見ると、相当なネクラであったことがわかる。

青春とは、本来ネクラな時期である。他の男たちがみな自分より才能があるかのように見え、女性たちはすべからく自分の手の届かない高嶺の花であり、劣等感と絶望と猜疑心に苦しみ悶え抜くのが青春というものである(このあたり、かなり怨念がこもっていますね)。

十七歳の頃の日記を読み返して、私は慚愧の念に耐えなかった。今の自分にこれだけの問題と対峙する気力があろうとは到底思えない。ネクラを押し通すことができた五十年前の自分を顧みて、反省しきりの今日この頃なのである。

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