夢のような夢のはなし  13.ペルソナ(その2) | 中野区鷺ノ宮から徒歩4分の精神科・心療内科

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夢のような夢のはなし

夢のような夢のはなし  13.ペルソナ(その2)

前回書いたようにペルソナは一般に社会的役割を指し、衣服で表されることが多い。夢の中で自分の着ている服が破れていたら、社会的役割に破綻を来していると考えたほうがよい。着ようとしたら小さくて着られなかった場合は、もうひと回り大きい役割を果たさなければならないことが示唆されている。逆に大きすぎる服や不相応に華美な服を着ている場合は、自分を実際以上に大きく、価値あるものに見せようとしている可能性が高い。

ペルソナは衣服以外に帽子で表されることもある。筆者が35歳で教育分析を受けるようになったとき、初めて見た夢が帽子の夢であった。長い夢なので、ペルソナに関する部分だけを抜粋すると以下のようになる。

「私は半円形の野外劇場のような階段席の上から、どこかの大学らしい建物前の広場を見下ろしている。学位授与者の発表日で、おおぜいの人が集まっている。私が合格証明書をもらいに行くと、灰色のベレー帽を渡された。これが学位の証明で、代金はとりあえず20万円だが、あとでまた20万円支払うことになるらしい。広場に集まっている人たちは黒いベレー帽をかぶっているが、私だけが灰色のベレー帽である」

当時はまだ博士号を取得していなかったから、この学位は博士号ではない。実はこの夢を見たのは、教育分析を引き受けてもらえるかどうかの面接があったすぐあとのことである。教育分析は治療ではないから、ある意味情け容赦がない。分析を受けることで無意識が賦活され、その暴虐によって被分析者はたいていノイローゼに陥る。それを乗り切れるだけの自我の強さがあるかどうかを、面接で試されるわけである。筆者はなんとか承諾をもらってほっとした。それがいささか大袈裟な学位授与という形で出てきたのであろう。

灰色は黒と白の中間色で、黒(闇、混沌、無意識)から白(光、統合、意識)に至る――何も知らない駆け出しから一人前の分析医になる――途上の色、すなわち教育分析を受けることになったスタートラインの色である。場所が円形ではなく半円形の野外劇場であるところに、円(全体性・到達点)にはほど遠い半円(半人前)という筆者の立場が表れている。代金の都合40万円は、当時は助手で薄給だった筆者にはかなりの金額だが、金は自我が使えるエネルギーを表すから、筆者は相当な覚悟で分析を受ける決意をしたことになる。

ペルソナのついでに、ここで学校の制服に触れておきたい。

筆者が育った当時の徳島は、私立学校といえば高校がひとつあるきりで、あとはすべて公立だった。小学校は標準服が基本で、さほど服装に厳しくはなかったが、男子は中学、高校とも全県一律同じ学生服だった。違うのは高校の制帽と校章くらいのものである。女子もセーラー服が基本で、高校になるとリボンの色が違ったり、一部の高校がジャケットだったりして、多少の違いはあったが、今から思うとみんなダサい制服を着ていた。

私はこの没個性的な制服が、思春期から前青年期の男女を精神的に成熟させる上でとても大きな役割を果たしたと思っている。

制服とは変容の容器である。酒づくりでいえば樽、化学実験でいえばフラスコに当たる。容器そのものは何も変わらないが、中ではとてつもない変化が進行している。容器が没個性的であればあるほど、個性的な魂はそれを打ち破ろうと呻吟し、内部で大きな変容を遂げるようになる。制服とは、その中で幼虫が成虫へと変身していく蛹のようなものである。

意匠を凝らした制服が妍を競っている現在では望むべくもないが、私は日本全国の中高生を昔のダサい学生服とセーラー服に押し込めたほうが、よほど精神の成熟度を高める上で有効ではないかと思っている。文部科学省が思い切った改革をしてくれないものか。別にセーラー服に固執するわけではないけれど……。

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