夢のような夢のはなし  16.影(その2) | 中野区鷺ノ宮から徒歩4分の精神科・心療内科

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夢のような夢のはなし

夢のような夢のはなし  16.影(その2)

前回は自我を補佐してくれる影(positive shadow)の話をしたが、今回は自我にとって不愉快な、あるいは不気味な印象を与える本来の影の話である。筆者は教育分析を受けるようになってちょうど1ヶ月経ったときに、次のような夢を見た。これを紙面の許す限り詳細に分析してみよう。

「橋を渡って道路がゆるやかに左へカーブする手前にバス停があり、私は自動的に開いた後部扉からバスを降りる。バス停のわきにコンクリートで仕切られた側溝があって、緑がかった水が淀んでいる。私のすぐあとからバスを降りてきた男が、何かボーッとした様子でそのまま真っ直ぐ歩いて行き、すとんと側溝に落ちる。私は咄嗟に手を伸ばし、男の腕をつかんで助け上げようとするが、重くて支え切れず、男はずるずると側溝に落ちてしまう。身を乗り出して覗いてみると、男は頭まですっぽりと水に潜って、まるで風呂にでも入っているかのように両手を広げてくつろいでいる。立ち上がれば十分背が立つ深さなのに、一向にもがくような気配もない。そのうち男が目を開けて、緑色に濁った水越しにじろりと私を睨みつける。私は男が立ち上がって追いかけて来るのではないかと怖くなり、その場を逃げ出してしまう」

バス停は橋を渡ったところにあるから、私は日常とは違う世界に来ているのである。道路は左へカーブしているから、バスはこれから左、つまり無意識へと向かって走って行くことになる。その手前で降りたということは、私は無意識の入り口にいるのである。バスは誰でも乗れる交通機関であるから、私は一般人がふつうに入って行くことができる無意識、つまり集合的無意識の入り口にいることになる。

私のすぐあとからバスを降りてきた男は、私の背後、つまり私の目に入らないところにいたことになる。目(視線)は意識を表すから、この男は私の意識の届かないところにいた存在、つまり私の無意識の中にいた人格を表している。無意識は個人的無意識と集合的無意識に大別されるが、男がどちらの無意識に属するかは、この時点ではまだ判断できない。

その男が側溝に落ちたので、私は咄嗟に手を伸ばして助け上げようとする。水は無意識、地面は現実を表すから、私はこの男を現実世界に引き戻そうとしたのである。もし私が男を引き上げることができていたら、この男は私の無意識の中でも浅いところにいた存在、つまり個人的無意識の中にいた人格ということになったであろう。それはおそらく、私が自我を創り上げるために放棄してきた人格、すなわち生きられなかった私の分身だったに違いない。

ところが私は男の重みを支え切れず、男は側溝に落ちてしまう。男の身を案じて覗き込んだ私の目に映ったのは、緑色に濁った水の中に頭まですっぽりと潜って、まるで入浴でもしているかのようにくつろいでいる男の姿だった。溺れている様子など、どこにも見受けられない。この淀んだ水の中こそ、男がふだん住んでいる世界だったのである。

水の中で暮らせる人間など現実にはいるはずがない。男が住んでいるのは現実から遠く隔絶された世界、つまり集合的無意識を指している。――これが、私が影の領域に足を踏み入れるきっかけとなった最初の夢だった。

緑色に濁った水越しに男に睨みつけられた私は、男に追いかけて来られることを怖れて逃げ出した。しかし、ひとたび影に目をつけられては、逃げ切ることは容易でない。この夢を見て以来、私は執拗に影につきまとわれる羽目になったのであった。

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