木もれ日  9. 社交界デビュー | 中野区鷺ノ宮から徒歩4分の精神科・心療内科

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院長のひとりごと

木もれ日  9. 社交界デビュー

私が社交界にデビューしたのは大学一年生の時だった……と言っても、上流階級のそれではなく、社交ダンスのことである。

生来好奇心が強い割りに飽きっぽいところがあって、いろんなものに首を突っ込んでは中途半端なまま放り出してきた。これまでに私が関心を持ち、一応趣味といえるほどに打ち込んだものを挙げると、古い順に将棋、ビリヤード、麻雀、社交ダンス、囲碁、映画観賞、仏像鑑賞ということになろうか。このうち曲がりなりにも免状を取っているのは将棋と囲碁くらいなものである。

麻雀については「麻雀人類学」で披露したので、今回は社交ダンスを取り上げたいと思う。

大学に入学したとき、高校の同級生たちがそれぞれ剣道部や能楽部などの由緒正しきクラブに入って行く中で、私だけが社交ダンスを選び、みんなから白眼視された(思うにあれは嫉視だったのではあるまいか)。昭和四十年代は社交ダンスの復興期で、大学祭といえば必ずといってよいほどダンス会場が設けられていた。そういう時代背景もあったが、実はある女性に「これからは国際化の時代だから、ダンスくらい踊れないと、外国に行って恥をかくわよ」と言われ、一念発起したのである。

大学には社交ダンス部と競技ダンス部があり、実際に競技ダンス部から誘いを受けたこともあったが、毎日ジョギングをして足腰を鍛えなければならないのではうかつに徹夜麻雀も打てなくなると判断し、社交ダンス部を選んだ。

練習場は、野中に建っていたらお化け屋敷と見まがうばかりの古い講堂で、根太がゆるみ、ところどころ床板が剥がれているような代物だった。私たちはその穴に落ちないよう注意しながら、まず歩き方から練習し、ひとつずつステップを覚えて行った。

まだブルースとジルバくらいしか踊れない頃に、祇園のヤサカホールで立命館大学主催のダンスパーティーが開かれた。私のデビューの日である。梅雨が明けたばかりの蒸し暑い夜で、会場には多くの男女学生が群れ集まり、立錐の余地もないほどだった。

社交ダンス部の部長から「女性を壁の花にしては失礼に当たるので、積極的に誘って踊るように」と言われた私は、手当たり次第に女性に声をかけ、汗みずくになって踊り続けた。今なら周囲に目を配りつつ、他のカップルにぶつからないように女性をリードできたと思うのだが、当時は技術が未熟だったせいで、私は何度も足を踏まれ、背後から突き飛ばされたり、足を蹴られたりした。「張り手」「突き出し」「蹴たぐり」などの技が次々と繰り出されて来るのである。

痣だらけになりながらダンスパーティーを終え、外に出て会場を振り返った私は、次回から「社交ダンス・夏場所」という看板を掲げるべきではないかと真剣に思ったのだった。

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