夢のような夢のはなし  18.影(その4) | 中野区鷺ノ宮から徒歩4分の精神科・心療内科

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夢のような夢のはなし

夢のような夢のはなし  18.影(その4)

教育分析を受けるとノイローゼになるという話は以前から聞いていた。教育分析は治療ではないから、ある意味情け容赦がない。自分の心の中に潜んでいる狂気に圧倒されてノイローゼになったとしても、そこから立ち直れないようでは、そもそも教育分析を受ける資格がないということなのであろう。

私は教育分析を受けるに当たって、あらかじめ家内に「俺はしばらくするとおかしくなるが、離婚するなどと言ってくれるなよ」と頼んでおいた。

私は自分がノイローゼになるとしたら、きっと強迫神経症だろうと思っていた。

私はもともと強迫的な性格で、学生時代に借りていたアパートの私の部屋は塵ひとつ浮いていなかった。毎日雑巾がけをしていたからで、掃除をするときのBGMはモーツァルトの交響曲第41番に決まっていた。隣の学生は私の部屋から「ジュピター」が聞こえてくると、ああ、掃除中だなということで、私の部屋を訪ねるのを遠慮していたという。

本棚には手前から5センチメートルのところにきっちり本が並んでいたし、洗濯物は左から順番に干す物が決まっており、そのとにき用いるハンガーと洗濯ばさみの色まで決まっていた。それでも私が強迫神経症にならなかったのは、そういうことを全く苦にしていなかったからである。

教育分析を受け始めて2カ月後に二男が生まれた。それから1カ月ほど経った頃に、私は予想通り強迫神経症になった。強迫症状には、ある考えが頭にこびりついて離れなくなる「強迫観念」と、ある行為をしなければ気が済まなくなる「強迫行為」があるが、私は強迫観念に取り憑かれた。当時私はマンションの5階に住んでいたのだが、よりによって生まれたばかりの二男をベランダから投げ捨てたくてたまらなくなったのである。

掃除や洗濯でのこだわりなら大したことはないが、子どもをベランダから投げ捨ててしまっては一大事である。まだ長女が4歳、長男が2歳で、私が育児を手伝わないと家内は大変なことになるのだが、私は当分の間二男の世話は一切しないと家内に宣言した。

夢の中では影が傍若無人に振る舞っていて、私は次から次へと出てくる自分の醜い姿に辟易していた。自分の心の中に潜んでいる邪悪な面を、初めのうちは認めたくない気持ちが強かったが、これでもか、これでもかと見せつけられると、次第に「それがどうした」と開き直りたくなる。実際、どんなに醜い自分であろうと、夢の素材はすべて私の心の中から出てきたものだから、否定してもはじまらないのである。

私は自分の邪悪な面をすべて受け入れることにした。自分の中にどれほど多くの悪が潜んでいようと、要はそれを行使しなければよいのである。そう開き直った頃から、私の強迫症状は軽くなっていった。

ある日私は恐る恐る二男を抱いてベランダに出てみたが、幸いそこから投げ捨てようという気持ちは起こらなかった。私の強迫神経症は3カ月で治癒した。

あとになって気づいたのだが、赤ん坊は可能性の象徴である。私が一人前の分析医になるという可能性が二男に投影されていたようで、教育分析があまりにも苦しいので、いっそ分析医になる可能性を捨ててしまいたいという気持ちが、二男をベランダから投げ捨てるという行為に結びついていたのである。

開き直ったせいでノイローゼからは解放されたが、影は相変わらず夢の中で跳梁跋扈しており、私はうんざりしながら分析を受け続けることになった。

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