夢のような夢のはなし  19.影(その5) | 中野区鷺ノ宮から徒歩4分の精神科・心療内科

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夢のような夢のはなし

夢のような夢のはなし  19.影(その5)

ノイローゼからは立ち直ったが、それは私が影の攻撃に対して開き直ったというだけのことで、夢の中では相変わらず影が傍若無人にふるまっていた。但し夢の中では不愉快な思いをしても、目が覚めてまでそれを引きずることはなくなった。へえ、自分の心の中にはこんなものが潜んでいたのだ、と珍しいものでも見るような気持ちだった。

逃げ回っている間は影につけ込まれるばかりだったが、開き直ってからはこちらも図々しくなり、影と渡り合えるようになってきた。

影の組織に命を狙われ、ピストルで撃たれる夢を見たことがある。1発目は5メートルの至近距離からだったが、私は飛んで来る弾丸を右手でパシッとつかみ取った。2発目は20メートルくらいで、これは左手でつかみ取った。弾丸をつかんだとき、夢の中でかなり痛い思いをしたのを覚えている。

私が反撃をして、4人組の悪党の一人を水の中に引きずり込んで溺死させるなどという物騒な夢も見ている。殺人の夢はいくつも出てきたが、たいていは気がついたら人を殺したことになっている場合が多く、この夢のように殺しの現場が出てくるのは珍しい。あまり良い気持ちではなかった。

そのうち影の夢はひとつのテーマを巡ってくり返されるようになった。ひとくちで言えば、私の精神は男性原理でできており、女性性が未熟だということを示唆する夢である。

私は男ばかりの4人兄弟の三男で、父は明治生まれ、母は大正生まれである。「男子厨房に入らず」を地で行くような家庭で、食卓について箸が出ていないと、自分で取りに行かず、母を呼んで箸を持って来させるという家風だった。男尊女卑という言葉を知ったときも、当たり前すぎて何の感興も湧かなかった。女は守るべきものであって、およそ男と平等などという発想がない家庭だったのである。

父は鷹揚な性格で、細かいことは一切言わなかったが、女々しいことや卑怯なことだけは徹底的に戒められた。感情は抑制すべきものであり、その反作用として私の中では思考機能がことさら育っていったように思う。疲れた頭をリフレッシュするためにわざわざ碁を打ったり将棋を指したりするというのも、私の頭が相当偏った構造になっているからであろう。

そういう思考偏重の弊害を指摘してくれたのが以下の夢である。

 

私は女性をひとり殺したことになっていて、死体を処理するために鋭利なメスでバラバラに解体することになる。まず首を切り落とし、臍のあたりで胴体を切断し、両下肢を切断していると、いつのまにかそれが男性の死体になっていて、しかもそれは私自身の死体だった。細切れになった死体をビニール袋に詰め、私は最初に首の入った袋をゴミ箱に捨てに行く。

 

女性を殺したはずが自分が死体になっていたというのは、私が自分の女性性を殺してしまったために自分もまた死ななければならなくなったことを指している。私が真っ先に首を捨てに行ったのは、そういう私にとって最も不要なものが頭だったということである。つまり私は思考を優先するあまり感情をおろそかにしていたことを夢に指摘されたのだった。

この夢を見たのは教育分析を受けるようになって1年余り経った頃で、私は36歳だった。当時の私は感情的になることが滅多になかったが、それは私が冷静だったわけではなく、単に感情が育っていなかっただけのことである。当時の私は冷徹もしくは冷酷な人間に過ぎなかったのではないかと思う。

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