夢のような夢のはなし  21.男性性と女性性(その2) | 中野区鷺ノ宮から徒歩4分の精神科・心療内科

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夢のような夢のはなし

夢のような夢のはなし  21.男性性と女性性(その2)

人の心理機能には思考、感情、感覚、直観の四つがあることは前に書いた。このうち思考と感情は合理機能に、感覚と直観は非合理機能に分類される。思考はともかく、感情が合理機能とは、ちょっと違和感があるかもしれないが、平たく言えば「好き、嫌い」の判断を下すのが感情で、判断の根拠にはそれなりの基準があるから、感情は合理機能ということになるのである。

一般に男性には思考型が多く見られる。たとえば美術館に展示されている壺を見て、それが陶器であるか磁器であるかとか、陶器ならまず土を捏ねて作ったものを一旦素焼きにし、それに釉薬をかけてもう一度焼いたものであるとか、そのときの窯の温度が千度を超える高温でないと磁器は作れないとか、磁器なら李氏朝鮮時代の青磁にまさるものはないなど、目の前の壺そのものよりも、その属性を知りたがるのが思考型の特徴である。

一方、それが陶器であろうが磁器であろうが、加藤唐九郎が焼いたものであろうが素人が焼いたものであろうが、気に入ったか気に入らないかを瞬時に判断するのが感情型である。感情型の人間には、もっともらしい御託や蘊蓄は一切通用しない。

昔はともかく、現代の女性に感情型が多いかどうかは一概に言い切れないことであるが、典型的な思考型である私にとって、その対極にある感情型の人間は理解しがたい存在だった。当然、理屈は通じない。一体どんな過程を経ればこういう結論に達するのか、およそ了解不能な存在が感情型の人間で、そのほとんどが(少なくとも当時の私にとっては)女性だった。

教育分析を受けるようになって、私は自分の中で感情が成熟していないことを痛感した。人前で泣いたり喚いたりするのはみっともないことだと教え込まれて育った私は、どんなに悲しい映画を観ても涙ひとつこぼしたことがなかった。逆に、なるほど、こういうふうにストーリーを組み立てれば、人を泣かせることができるのだと、筋立てを冷静に分析し、目にハンカチを押し当てている周囲の大人を尻目にひとりで悦に入っていた。我ながら可愛げのない子供だったと思う。

感情が未熟であることは、感情がないことを意味するわけではない。自分の感情をその場にふさわしい形で表現する技術が育っていないだけのことである。事実、私はふだん聞き分けがいいのに、一旦ヘソを曲げると梃子でも動かない強情なところがあったと、母や兄から聞いたことがある。ある一線を越えると、自分で自分の感情を制御できなくなるのが、子供の頃からの私の特徴だったらしいのである。

人間である以上、喜怒哀楽の感情は必ず湧いてくる。喜と楽は素直に表現しても文句を言われることは滅多にないが、怒と哀には節度が求められる。この二つの、いわば負の感情を表現する機会が私にはほとんどなかった。一方、これらを平然と(たぶん節度をもって)表現していたのが女性で、私にはとても同じ人間とは思えなかった。

前回、私は男性性をロゴス、女性性をエロスに大別したが、思考型の私にとって女性性は、その対極にある感情型の人間特性として認識された。私の最も苦手なタイプである。しかし、自分の中で未熟なまま放置されていた感情を育てるためには感情型の人間を受け入れなければならず、それが新たな分析の目標となったのであった。

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