夢のような夢のはなし  25.食事の夢 | 中野区鷺ノ宮から徒歩4分の精神科・心療内科

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夢のような夢のはなし

夢のような夢のはなし  25.食事の夢

衣食住は生活の基本で、衣類がペルソナ(社会的役割)を象徴することはすでに何度か述べた通りである。今回は「食」の意味について考える。

食事の夢は第一に何かを取り入れる(あるいは受け入れる)ことを表す。実生活においても、人は自分に受け入れられない事態が生じたときに食欲がなくなったりする。

夢の中にそれまで見たこともない奇妙な料理が出て来たら、今までとは全く異なる価値観を身につける時期が来ていることを指している。思い切って食べることができれば、新しい価値観を手に入れることができる。気味が悪いといって食べなかったら、従来の価値世界に留まるほうを選んだことになる。

第二に食事の夢は価値観の共有を表す。「同じ釜の飯を食う」という言い回しがあるが、一緒に食べることは同じ価値観を共有することを意味する。”con” あるいは “com” という接頭語は「ともに」という意味で、一緒にパンを食べる(つまり同じ釜の飯を食う)ことが会社(company)の語源である。コンパニオン(companion)も同じで、本来は仲間という意味だったはずだが、昨今はなぜか一緒にパンを食べるよりも、一緒に酒を飲む相手という意味に変わってきたようである。

逆の立場からいうと、食事を一緒にしないということは価値観を共有しないということ、すなわち相手を受け入れないという拒絶を意味することになる。

「古事記」によると、景行天皇が嫡男である大碓(おおうすの)命(みこと)が朝夕の食事の席に出て来ないことで、謀叛を企てているのではないかと疑い、弟の小碓(おうすの)命(みこと)(のちの倭(やまと)建(たけるの)命(みこと))に兄を説得して食事に来させるようにと命ずる場面が出て来る。ことが政治に及ぶと、たかが一緒に食事をしないというだけで謀反の疑いをかけられる羽目になりかねないのである。

一国の外交において晩餐会が重要な位置を占めるのは、同じ価値観を共有するという意味が大きいからである。共同声明を発表したあとで晩餐会が開かれるのも、同じ釜の飯を食うことで一蓮托生の間柄になったのだと公表することに意義がある。

あんな贅沢な晩餐会を催すのは税金の無駄遣いだと非難するムキもあるかもしれないが、料理をケチっては相手を取り込むことができない。上は国の外交から下は会社の接待まで、一緒に飲み食いをするという象徴的な意味は、人類が誕生して以来変わっていないのではないだろうか。

夢の話に戻ると、食べる夢が出て来たときは、「誰と一緒に食べているか」が問題となる。一緒に食べている相手と価値観を共有することが、夢のテーマになっているからである。

先日、ある女性患者が「卒業以来一度も会っていなかった高校の同級生と一緒に食事をしている」という夢を持って来た。聞いてみると、その同級生は患者とは全くタイプの異なる女性らしい。別に仲が悪いわけではないが、タイプが違うので親しくした覚えはないと言う。そんな相手と食事をすることは実際にはあり得ないのだが、夢の中ではそういう彼女と一緒に食事をしているのである。

この夢は、およそ自分とは異なる相手と食事をすることで、患者がそれまでの自分にはなかった新たな気質を取り入れようとしていることを表している。患者はそれまで社会規範を遵守し、非の打ちどころのない正しい生活を送っていたのであるが、それが患者を八方塞がりの状況に追い込んでいたのである。

患者はこの夢を見て、自分も自由奔放に振る舞うことがあっても良いのだと思い直し、自ら課していた呪縛を解いて、新しい自分に生まれ変わることができたのだった。

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