木もれ日  13.飛車落ち奮戦記 (2)前哨戦 | 中野区鷺ノ宮から徒歩4分の精神科・心療内科

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院長のひとりごと

木もれ日  13.飛車落ち奮戦記 (2)前哨戦

「お好み将棋道場」の収録は東京将棋会館の地下スタジオで午後6時半から行われる。それに先立って午後5時半に関係者の打ち合わせがあるのだが、この日は特別に田丸九段が、ふだん我々が入ることのできない対局室を見せて下さるというので、午後5時に集合することになった。

平成24年7月4日、家内を伴って将棋会館に着いたのが午後4時40分。すでに鷺宮将棋サロンの応援団が何人か到着しているという。やがて本日の解説をして下さる田丸昇九段が到着。九段の案内で関係者以外立ち入り禁止の四階対局室へ行き、すでに対局が終わって空いた部屋を見せていただく。これだけでも大満足なのに、田丸九段が交渉して下さって、なんとプロ棋士の対局を見学させてもらえることになった。中村修九段と佐々木慎六段の竜王戦で、奥の特別対局室で行われている。ここは将棋会館の中でも特に立派な対局室で、タイトル戦に使われることもある。部屋の中まで入るのは畏れ多いので、一同廊下に正座して観戦する。

中村修九段は王将というタイトルを2期獲得したことがある実力者で、その独特の感覚は「不思議流」と呼ばれている。ちなみに中村九段の血液型は私と同じAB型である。もっと言うと羽生善治三冠(当時)も、米長邦雄永世棋聖もAB型である。それがどうしたと言われても困るのだが……。

ほんの数分の短い時間だったが、その間に両対局者が一手ずつ指すところを見られたのは僥倖であった。一同、足音をしのばせて退出する。中村九段のオーラが乗り移ったわけではあるまいが、私はこのあとの本番で不思議な手(まあ、プロ棋士には浮かぶはずもないどんくさい手ですね)を連発して、解説の田丸昇九段と聞き手の本田小百合女流三段を悩ませることになるのである。

家内を含めた応援団総勢7名は控え室に移り、私は別室で番組の打ち合わせに入った。対戦相手の佐藤秀司七段、記録係の伊藤明日香女流初段と名刺を交換したあと、台本を見ながら進行を確認する。対戦前に対局者の紹介を兼ねた短いトークがあるのだが、私はそこで「仕事と将棋の関係について質問してほしい」と注文を出した。これが私の作戦のひとつで、実はこの時からすでに私の戦いは始まっていたのである。

そしていよいよ収録開始。2回ほどリハーサルを行ったあと、先ほどの仕事と将棋の関係について進行役の本田女流三段から質問が来る。私は「精神科は気の長い仕事で、押したり引いたりしながら少しずつ患者さんの気持ちを変えて行く。私の調子が良い時は将棋も押したり引いたりする長い将棋になる。逆に私が急戦を仕掛ける時は調子が悪い時である」というふうな話をした。

ふつう駒落ち戦は手数が長くなるほど上手が有利になる。それだけ下手にミスが出やすくなるからである。そこを敢えてじっくりした持久戦に持ち込むことで、佐藤秀司七段に私の調子が良いという先入観を植えつける腹づもりであった。手の読み合いではプロ棋士に勝てるわけがないので、精神科医としてはせめてこれくらいの裏ワザを使わないと勝ち目がない。果たしてこの作戦が吉と出るか凶と出るか……。

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