木もれ日  13.飛車落ち奮戦記 (5)念力 | 中野区鷺ノ宮から徒歩4分の精神科・心療内科

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院長のひとりごと

木もれ日  13.飛車落ち奮戦記 (5)念力

最終盤になって、私の王手に対して佐藤七段が玉の逃げ場所を間違えた。中盤からずっと30秒将棋を続けていたせいで、さすがのプロも頭がショートしたのであろう。しかもその玉の位置が、前日本田女流三段に指していただいた終盤と全く同じ形になっている。私に銀が一枚あれば、佐藤七段の玉を詰ますことができるのである。

私の玉は風前の灯で、秒読みでなければ佐藤七段はきっちり私の玉を詰め上げていたであろう。ところが実践とは妙なもので、私は佐藤七段が王手の代わりに銀を打って縛りに来るだろうと確信していた。

案の定、佐藤七段は銀を打って来た。私は即座にその銀を取ろうとして、反射的に手を止めた。理由は私にもよくわからない。のどから手が出るほど欲しい銀だが、すぐに取ると、なぜか詰まされそうな予感がしたのである。

実は取った瞬間に角を打たれる手が見えてしまい、それで詰まされるのかどうかが読み切れなかった。いろんな手が錯綜し、私の頭の中はパニック寸前だったが、ここで取り乱しては上手に「あ、読めていないな」と見透かされる。そうなると上手はいっぺんに冷静になり、きっちり詰みを読み切ってしまうだろう。上手に心理的余裕を与えてはいけない。

私は懸命に平静を装って、読んでいるふりをした。上手に読む時間を与えると不利になることは承知の上で、私はひたすらその恐怖に耐えた。そして秒読みが始まるのを待ち、自玉に詰みはないと読み切ったふりをして、おもむろに銀を取った。

佐藤七段が即座に角を打ってくるようなら、私は詰みを読み切られたのだと観念するつもりだった。ところが佐藤七段はなかなか指そうとしない。実はこの局面で私の玉は詰んでいたのである。

佐藤七段が悩んでいる様子を見て、私はひそかに伝家の宝刀を抜いた。「念力」である。

開業する前、当時の厚生省の研究教育機関にいた私の研究室に、北京大学薬学部の教授が訪ねて来たことがあった。日本の精神医療の現状について教えてほしいと言うのである。英語を喋るかと訊くと、喋らないと言う。そこで双方漢文で筆談ということになった。

一通り話が終わって、今度は私が漢方薬による精神疾患の治療について教えてもらったあと、ヤジ馬根性で「気功を知っているか」と尋ねたところ、知っているどころか、その道の権威だという。教授はやおら私に右手を出させると、30センチほど間隔をあけた両手で上下から私の右手を挟むようにして気を入れ始めた。すると私の掌の中心がどんどん熱くなって、思わず手を引っ込めてしまった。火傷をするのではないかと思ったのである。

おそらく狐につままれたような顔をしていたであろう私に、教授は「中日学術友好証」なるメダルをお礼代わりに置いて、颯爽と立ち去った。その日私は帰宅すると、早速家族に気功を試してみたが、熱がるどころか、みんな涼しい顔をしている。それでは、と囲碁や将棋で不利になった時に「間違えろ!」と念力をかけてみたところ、なんと利いたのである。以来私は何度もこの手で勝ちを拾ってきた。それなりに年季が入っているのである。

その伝家の宝刀を、不遜にもプロ棋士を相手に抜いてしまったのだった。

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