木もれ日  14.ノイローゼ志願 (2)発症 | 中野区鷺ノ宮から徒歩4分の精神科・心療内科

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院長のひとりごと

木もれ日  14.ノイローゼ志願 (2)発症

実を言うと、私は教育分析を受けるのが怖かった。教育分析を受けた先達の方々が、どなたも同じように「ノイローゼになった」と聞いていたからである。

私は自分に強迫傾向があることを知っていた。今でこそ私の部屋は乱雑を極めているが、大学時代の私の下宿は文字通り塵ひとつない清潔な部屋だった。書籍は本棚の手前からきっちり5センチメートルの距離を置いて整然と並んでいたし、洗濯物は左から順に干すべき物が決まっていたばかりでなく、ハンガーの色から洗濯バサミの色まで用いる順番がきちんと決まっていたのである。

教育分析を受けると決めた時から、私は自分が強迫神経症になることを疑わなかった。妻にはあらかじめ「オレは近々おかしくなるから、よろしく」と頼んだ覚えがある。おかしくなっても離婚するなどとは言ってくれるなよ、と釘を刺したわけである。

そして予言通り、私はおかしくなった。

安溪先生のもとに通うようになって1ヶ月後に、3番目の子供(次男)が生まれた。当時私はマンションの5階に住んでいたのだが、こともあろうに生まれたばかりのその子をベランダから投げ捨てたくて堪らなくなってしまったのである。私は過去に有していた何らかの強迫行為が再燃するものと思っていたのだが、新たに強迫観念が出現したことになる。教育分析を受けるようになって3ヶ月目くらいの頃である。

その頃私は、夢の中に到底正気とは思えない自分の姿が次から次へと出てくることに辟易していた。例を挙げればきりがないが、たとえば自分で自分の死体を解剖し、首を切ってゴミ箱に捨てるなどという夢を見たりしていて、当時の私は精神科医というよりは、むしろ精神病者そのものだったのである。

私は生来子供好きである。そんな私が自分の子供を殺そうとするなどとは、とても理性では納得できない。しかしそれが現実である以上、私は生まれたばかりの次男を抱かないほうがよいと判断し、「しばらく子供の世話はしない」と妻に宣言したのだった。

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