院長のひとりごと | 中野区鷺ノ宮から徒歩4分の精神科・心療内科

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院長のひとりごと

木もれ日  10.真夜中の恐怖

台所で悲鳴があがり、私を呼ぶ声がした。用件は聞かずともわかっている。私は古新聞の中から夕刊を取り出すと、それを丸めながら台所に駆けつけ、床を逃げ回っているものをパシッと一撃で仕留めた。ゴキブリである。 死骸をペーパータオルでつかみ取り、床をきれいに掃除する。妻が私を賞賛の目で見るのは、最近ではこんなときくらいのものだが、まあ悪い気はしない。 妻が嫌うので仕方...
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木もれ日  9. 社交界デビュー

私が社交界にデビューしたのは大学一年生の時だった……と言っても、上流階級のそれではなく、社交ダンスのことである。 生来好奇心が強い割りに飽きっぽいところがあって、いろんなものに首を突っ込んでは中途半端なまま放り出してきた。これまでに私が関心を持ち、一応趣味といえるほどに打ち込んだものを挙げると、古い順に将棋、ビリヤード、麻雀、社交ダンス、囲碁、映画観賞、仏像...
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木もれ日  8.ネクラ

数年前、引っ越しをした折に荷物の整理をしていたら、高校時代の日記や作文が出てきて、思わず手を止めて読み耽ってしまったことがあった。 このところ十代の少年による事件が頻発したせいか、私のクリニックにも同じ年代の子供を持つ親の相談が増えつつある。相当アブナいケースもあるが、さほどとも思われないケースのほうが多い。ちなみに自分は高校生の頃にどんなことを考えていたの...
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木もれ日  7.法隆寺

聖徳太子ゆかりの寺・法隆寺は、奈良の西南、斑鳩の地にある。経済学部生でありながら、万葉趣味が高じて、今は甲南女子大学国文科教授をしている友人に誘われ、私が初めて法隆寺を訪れたのは十九歳の時だった。 フランス文学かぶれだった当時の私は、「法隆寺がなんぼのもんじゃ」と思いつつ、とりあえず名所旧跡は訪ねておこうという俗物根性で出かけたわけだから、昨今の修学旅行生と...
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木もれ日  6.唐招提寺

医学部の3年生というと、解剖実習が始まり、生理学や病理学などの講義もあって、多少医学部生らしくなってくる頃である。こうなると、いかにウソとハッタリが得意な私の試験対策も通用しなくなり、尋常に勉強せざるを得なくなった。アルバイトも3件、週5日を費やしていたから、結構忙しく、ストレスは溜まる一方である。 ラテン語とドイツ語に食傷していた私は、3年生の秋のある週末...
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木もれ日  5.贅沢物語

今まで貧乏暮らしのことばかり書いて来たので、このへんで贅沢な話をしてみたいと思う。もちろんお金はないから、これは心の贅沢である。 医学部に入学して岐阜に来てみると、京都や奈良が無性になつかしくなった。京都に住んでいた頃はさほどとも思わなかったが、岐阜には斉藤道三や織田信長の史跡はあっても、奈良・平安時代の神社・仏閣は皆無に等しく、私の懐古趣味は次第に欲求不満...
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木もれ日  4.貧乏物語

京都帝国大学教授・河上肇博士の著作に表題と同じものがあるが、私の貧乏物語はそれほど格調高いものではない。学生時代に貧乏暮らしをしたというだけの話である。 ちなみに河上肇教授の墓は、私が文学部時代を送った京都の学生アパートのすぐ裏の法然院に建てられている。銀閣寺から数百メートル南に下ったあたりにある閑静な寺院である。ここはむしろ谷崎潤一郎の墓所として有名で、小...
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木もれ日  3.苦々学生

表題は誤植ではない。これを苦学に苦学を重ねた学生と読むか、苦々しい学生と読むかは読者次第である。 当座の生活費をもらっていたとはいえ、リヤカーで引っ越しをしなければならないほどだから、早々にアルバイトを探さないと口が干上がる羽目になる。私は入学式の翌日から学生係に顔を出し、家庭教師を斡旋してほしいと持ちかけた。その日は確か医学部の上級生による新入生歓迎会が開...
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木もれ日  2.リヤカーの引き方教えます

文学部を卒業して、またぞろ医学部に行きたいと申し出たとき、父は「よきにはからえ」と鷹揚だったが、長兄にひどく叱られた。父はすでに徳島市役所を退職しており、嘱託として勤め続けてはいたものの、収入は微々たるものだった。「いい加減にしろ」というわけである。 売り言葉に買い言葉で、「授業料は払ってもらわなくていい」と見得を切ったものの、いざ合格してみると、たちまち入...
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木もれ日  1.人生を変えた一冊

その日、私は通学途上にある一軒の書店に立ち寄った。京都の今出川通りと白川通りが交差するあたりで、そのまま東へ歩けば銀閣寺に突き当たる。文学部に入ったばかりの私が、フランス文学を読み漁っていた頃の話である。 中学時代に始まった私の読書癖は、高校で「罪と罰」に出会って以来、ロシア、ドイツ、フランス、イギリス、アメリカと、脈絡もない乱読に陥った。それがフランス文学...
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