西武新宿線 鷺ノ宮駅徒歩4分 曽根クリニック中野区鷺ノ宮から徒歩4分の精神科・心療内科、曽根クリニックのブログ

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11.ビフォー Vs アフター

手術当日の朝早く、妻が病室にやって来た。夜が明ける前に起きて身支度を調え、家を出て来たのであろう。手術に要する時間は10時間くらいと聞いていたので、午前8時に手術室に入り、前処置に30分かかるとして、手術が終わるのは午後6時半頃になる。私は意識を失っているからいいが、妻はさぞかし退屈することだろうと同情した。

8時ちょうどに看護師が迎えに来て、私は妻と一緒に手術室の入口まで歩き、そこで別れた。いくつか並んでいる手術室のひとつに入る前に振り返ると、妻が右手を挙げて敬礼している姿が見えた。私も敬礼を返そうとして、ふと特攻に出撃する飛行兵を連想し、返礼すると生きて帰れないような気がして手を振るだけにとどめた。

手術台は通常のベッドよりかなり高く、踏み台を昇って仰臥すると、早速静脈を確保され、点滴が始まった。腰椎穿刺をするので横向きになるように指示され、エビのように身体を丸めたところへ手際よく消毒液を塗られ、穿刺の痛みに備えて身構えたところで意識がなくなった。


……名前を呼ばれたような気がして目を開けると、天井が頭から足に向かって流れて行くのが見えた。どうやら手術室からICUへ運ばれているらしい。耳元でもう一度私を呼ぶ声が聞こえた。妻の声だとわかったが、姿は見えない。そのときになって私は身体がひどく冷え切っていることに気づいた。身体がガタガタと震え始め、「寒い」と訴えると即座に温かいもので身体を覆われ、ほっとしたところで再び意識を失った。

次に目が覚めたとき、私はICUにいて、小人の国に漂着したガリバーみたいにベッドに固定されていた。鼻腔と口腔にチューブが入っていることはわかったが、見えるのは天井だけで、自分が一体どんな姿になっているのかさっぱり見当がつかない。実はベッドに固定されていたというのは、下手に動くと傷口から出血するのではないかという私の恐れが創り出した錯覚で、実際に縛りつけられていたわけではない。

私が意識を回復したことに気づいた看護師が、私の身体には7本の管が入っているのだと説明してくれた。鼻腔と口腔のほか胸腔と腹腔にドレーン、腰椎に痛み止めのオピオイドを注入するためのチューブ、胃瘻、尿道にバルーンカテーテルという具合である。

意識を取り戻した私を真っ先に襲ったのは、恐れていた疼痛ではなく、激しい口渇だった。体液は輸液で管理されているので、水分不足になっているはずがないのだが、口の中がカラカラに乾いているせいで、喉が渇いたと脳が錯覚しているのである。

そのとき私は無性にサイダーを飲みたいと思った。癌が発覚して治療を受けるまでは毎晩平均2リットルのビールを飲んでいた私が、ビールには目もくれず、ひたすらサイダーを飲みたがっている自分に驚いた。

もちろんサイダーどころか水1滴も飲んではならない状況なのだが、どうせ暇なので、ためしに競りにかけてみた。サイダー1本1万円なら即決で買う。10万円なら二の足を踏む。5万円なら出してもいいという結果だった。術後1日目は目が覚めるたびにサイダー、サイダーと心の中で叫び続けた1日だった。

術後、私はサイダーを皮切りに、術前には思いも寄らなかった体験をすることになる。次回は医師でありながら想像力の乏しさに我ながら茫然とさせられた出来事の数々を、ビフォー Vs アフターの続編として紹介したいと思う。

(闘病中ですが、診療は平常通り行っています)
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