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木もれ日 17.バイリンガル

直木賞作家の藤沢周平さんが郷里の山形から初めて東京へ来たとき、言葉づかいがまるで喧嘩をしているように聞こえたそうだが、口が重い東北人には早口で歯切れのよい東京弁が口論に聞こえたとしても無理はない。三十余年前に上京した私も、似たような印象をいだいた。

わが国の標準語は明治中期に東京の「山の手言葉」を基に整備され、小学校の教科書として全国に広められたそうだが、書き言葉として受け入れられはしたものの、ふだんの生活では相変わらず方言が主流で、地方ではいまだに標準語はあらたまった席でしか用いられていない。

私が育った徳島の方言は大阪弁とは違うし、広島弁に似ているところもあるが、徳島でしか通用しない言葉が数多くあり、イントネーションも独特なので、阿波弁と呼ぶしかないような気がする。

高校を卒業したあと京都で四年、岐阜で十二年を過ごしたので、東京に来たとき私は出所不明の関西弁になっていた。当初は訛りが抜けなくて苦労したが、生粋の東京人には阿波弁も京言葉も東海地方のおみゃー言葉も、みんな「関西弁」にしか聞こえないようだった。それに比べると東京弁は発音に高低がほとんどなく、一本調子で覚えやすかった。

その反面、東京弁は感情表現に乏しく、深みに欠ける憾みがあって、東京生まれの人に精神療法を行う際にはずいぶん苦労をさせられた。関西人なら一言で通じる話が、東京弁に翻訳すると杓子定規なってしまい、心に響かないのである。

かと言って東京人に関西弁で話しかけると、たいていの人は表情が微妙に硬くなり、どことなく身構えるようなそぶりが感じられる。こちらを敵視しているとまでは言わないが、警戒している様子が窺われて、「ああ、関西人は敬遠されているんだな」と思い知らされることが多い。これではとても関西弁で精神療法はできない。

これは私が過敏になっているせいかと思ったこともあるが、大阪に転勤を命じられ、赴任した途端にうつ状態に陥った人とか、大阪から関西弁丸出しの上司が異動してきただけで出勤できなくなった人を何人も診るようになって、東京人は関西弁というか、関西人が苦手なのだと納得した。

それ以来私は表立って関西弁を使わなくなった。代わりに心の中でつぶやくことが増えた。イラッとしたりムカッとしたときに、東京弁を使うとますます腹が立って来るが、関西弁に言い換えるとそれほど腹が立たなくなる。そのことに気づいて以来、私は不快なことがあると関西弁に翻訳するのが常となった。

先日、抗癌剤の四十八時間点滴を行うにあたって、中心静脈ポートを皮下に埋め込むことになったときの話である。

術者の医師は「痛いのは麻酔を打つときだけですからね」と言うのだが、右鎖骨上窩を切開して鎖骨下静脈にカテーテルを入れ、ポートを皮下に埋設する以上、皮下の結合組織をある程度の範囲上下に剥がさなければならないはずである。

とても局所麻酔でカバーし切れる範囲ではあるまいと思っていたら、案の定右胸に激痛が走った。皮下に空洞を作っているのである。しかも一度では不十分だったのか、続けて二度、三度と結合組織を剥がされ、そのつど私は激痛に身悶えすることになった。

「痛いじゃないか、話が違うぞ」と言えば、きっと腹が立つ。喧嘩になるかもしれない。それは困るので、早速関西弁に翻訳してみた。
「痛うない言わはったのに、痛いやおまへんか」
するとたちまち怒りがおさまり、代わりにククッと笑いがこみ上げて来た。何だかアホらしくなって怒る気が失せてしまったのである。

標準語と関西弁のバイリンガルで、私はずいぶんストレスから解放され、得をした気分になっている。今さら英会話なんて、とおっしゃる方は、ためしに魔法の言語「関西弁」にチャレンジされてはいかが?
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