西武新宿線 鷺ノ宮駅徒歩4分 曽根クリニック中野区鷺ノ宮から徒歩4分の精神科・心療内科、曽根クリニックのブログ

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13.ボーッと生きてました

手術から半年ほど経った頃、食べたものが再びのどにつかえるようになった。とくに野菜の茎や肉のスジのように、いくら噛んでも噛み切れないものがのどにわだかまって通らなくなり、無理やり飲み下そうとすると嘔吐してしまうのである。

縫合部位が瘢痕収縮を起こすことは知っていたので、内視鏡検査を受けたところ、下咽頭と胃管の縫合部分が直径1cmもないくらいに縮んでいたことがわかった。その場でバルーンを用いた拡張術が行われ、のどのつかえは解消した。

ところが、それから3カ月ほど経って、また食べたものがのどにつかえるようになった。今度も瘢痕収縮だと思って内視鏡検査を受けたが、縫合部位に異常はなかった。

「……?」

私はキツネにつままれたような気がした。食べたものがのどにつかえて、しばしば嘔吐をくり返していたのは紛れもない事実なのである。瘢痕収縮でないとすれば、一体何が起こっているのか?

その謎が解けたのはさらにその3カ月後、手術から1年経った頃である。

退院直後は通過障害に配慮して、食べたものをしっかり咀嚼して飲み込んでいた。しかし生来が不精者なので、ちゃんと飲み込めることに安堵して、次第に咀嚼がおろそかになっていたのである。最初の通過障害が瘢痕収縮のせいだったので、その思い込みから抜け出せなかったことも原因の究明を遅らせる結果となった。

食べたものはゴクンと飲み下せば胃に入るものだと、たいていの人は思っている。しかし、それは食道が蠕動して胃に送り込んでいるからである。食道を失った私は、代わりに胃を丸めて造った管が通っているすぎない。

こんな、生まれもつかぬ形にされてしまった胃こそいい迷惑で、手術が終わったあとはさぞかし面食らったことだろう。食べ物が入って来たので消化してやろうとしても、ただの筒にされてしまったので身動きが取れないのである。目の前を食べたものが重力に従って降りて行くのを黙って見ているしかない。チコちゃんがいたら、早速「ボーッと生きてんじゃねーよ」と叱られるところである。

胃管は蠕動しないという、当たり前のことに気づくのに1年もかかってしまった。医師として忸怩たるものがある。しかしこれはまだ序の口で、恥を忍んで告白すると、私は術後早々にもっとみっともない経験をしているのである。

ICUから一般病棟に戻って2,3日経った真夜中、私は激しい悪寒に襲われた。やがて40度近い高熱と呼吸困難が生じた。誤嚥性肺炎だった。

抗生物質の点滴と酸素吸入で無事に快復はしたが、肺炎があんなに苦しいものだとは知らなかった。過去にマイコプラズマ肺炎と菌血症に伴う多発性肺炎を経験しているが、大した症状ではなかったので、どこかで肺炎を軽く見ていたような気がする。

しかも人工呼吸器とか人工心肺などという言葉に惑わされて、私は腎機能を代替する透析器みたいに、肺機能を代替する器具が存在するかのように錯覚をしていたふしがある。いざとなれば「人工肺」に助けてもらえると……。

ちょっと考えればわかることだが、肺に替わってガス交換をしてくれる装置など、いまだかつて開発されたためしがない。医師のくせに肺炎でひどい目に遭うまで肺という臓器の重要性に気づかないなんて、チコちゃんに知られたら、間違いなく大目玉を食らうところである。

(闘病中ですが、診療は平常通り行っています)
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