西武新宿線 鷺ノ宮駅徒歩4分 曽根クリニック中野区鷺ノ宮から徒歩4分の精神科・心療内科、曽根クリニックのブログ

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17.錬金術

ICUから一般病棟に移ったものの、まだ水1滴飲むことも許されず、食事の代わりに腸瘻からラコールという経腸栄養剤を注入することになった。縫合不全の徴候がなければ2,3日後に氷をひとかけら口に入れ、解けた水を少しずつ飲み込むところから摂食訓練が始まるらしい。

筋力の低下を防ぐために歩行訓練を行う以外はほとんど寝たきりの生活で、術後は本でも読もうと何冊か持って来ていたのだが、片手で文庫本を支えられないほど脱力感が強く、テレビを観るのが精一杯だった。

朝晩のニュースを除いてテレビなど観ない生活が10数年続いていたので、1日中テレビを観るのはちょっとした冒険に出かけるような新鮮な気分だった。

ところが私が手術を受けた日の翌日に、神奈川県座間市で9人の男女を殺害した連続殺人事件が発覚し、テレビは連日その事件がらみの報道で溢れかえっていた。どのチャンネルも同じような番組ばかりで、精神科医として連続殺人犯の心の闇に関心がなかったわけではないが、いささか食傷気味になっていたことも確かである。

そんな中でふと目にとまったのが料理番組だった。

料理番組といっても、レシピを提示して料理を作るオーソドックスな番組もあれば、ラーメンやうどんなどテーマを決めて食べ歩く番組とか、珍しい食材を求めて全国を巡る番組など、様々な切り口があって、朝から晩までどこかの放送局が料理番組を放映していることに驚いた。

実を言うと私は料理が全くできない。「男子厨房に入らず」という昔気質の両親に育てられた私は、調理はもちろん、皿洗いや食器の片づけすらしたことがなかった。大学に入って一人暮らしをするようになって、やむを得ず最低限の調理道具をそろえたが、野菜炒めかインスタントラーメンを作るのが精一杯で、およそ料理には縁のない人生を送ってきたのである。

そんな私が料理番組に惹かれたのは、術後から水1滴口に入れていない上、摂食訓練が始まっても当分は碌なものを食べられないことがわかっていたので、退院したらあれも食べたいこれも食べたいと思う気持ちが強くなっていたからではないかと思う。

病気になる前の私は、料理といえば夢に出て来る料理にしか興味がなかった。

料理は一般に様々な食材を用い、火を使って煮たり焼いたり、蒸気で蒸したり、油で揚げたりしながら、食材本来のおいしさを引き出す作業であるが、これは心理療法において心の奥底にしまい込まれていた素材を掘り起こし、より価値のあるものへと変えて行く治療過程によく似ている。料理をする場所、すなわち台所は変容の場所であり、突拍子もないと思われるかも知れないが、錬金術の作業場に相当する。

錬金術は卑金属から金を作り出そうとする試みで、結局は失敗に終わるのだが、人々があれほど錬金術に熱中したのは、それが心の至高の境地を求める動きと連動していたからである。より高い境地を目指そうとする心の動きが錬金術に投影されていることを明らかにしたのがユングの「心理学と錬金術」で、私にとっては「異邦人」に続いて人生を大きく変える一冊となった。

術後2年半を経た今も料理番組への執着は続いており、わざわざ録画をして観ることも少なくない。料理と錬金術が心理学的につながっているとすれば、いずれ至高の料理を創案することが、私の心の至高の境地、すなわち金を手に入れることを意味する日が来るのかもしれない。

(診療は平常通り行っています)
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